2012年2月13日(月)  仕事の感激・面白み
 私共の仕事は、発明、商標等に基づきビジネスを展開するとき、その発明なり、商標なりを権利化し、事業展開に役立つようにすることのお手伝いにあるともいえます。
 出願手続をし、特許庁からの拒絶通知があっても、その理由を回避し、解消することで、また依頼人様が考えたことが十分に保護されるよう可能な限りで広い範囲で権利化されるよう検討し、進めています。特に、ギリギリの範囲ででも拒絶理由を解消して権利化でき、またそれによって依頼人様に喜んでいただけますと、それは私共の仕事をしたことの嬉しさに繋がります。
 最近、出願後に一旦は拒絶された特許出願・商標出願が権利化に成功し、それをもとに新たなビジネスを展開すべく、全国紙の新聞に全面広告されたことのお知らせを依頼人様から頂きました。新聞には特許取得済みであることが大きく表示されているのを見ますと、私共にとりましても、特許・商標がお仕事のお役に立っていることを実感でき、仕事のやりがいを感じたことでもあります。
 これからも依頼人様と二人三脚で、お役に立てるように進めていきたいと気持を新にしました。
 2012年1月1日(日)  新年あけましておめでとうございます
 昨年は、東日本大震災、それによる原発事故・放射能汚染等によって、農業・漁業のみならず、各種の製造業にも大きな影響がでました。その復興に向けて現地の方々は頑張っており、国内のみならず、国外からも様々な支援がありました。多くの人の絆と「頑張ろう」との熱い気持ちに助けられたばかりでなく、これは、より大きく再生する力となるものでした。新たな年の初めに当たり、震災、不況等に負けることなく、本年の干支のごとく、勢いよく前に進んでいきたいものです。
 また、本年4月には、特許法等の改正が施行されます。通常実施権の当然対抗制度、冒認出願等の救済処置、審判制度の見直し、新規性喪失例外規定の見直し、商標権消滅後一年間の登録排除の撤廃、料金の引き下げ等、実務上でも大きな影響があります。詳しくは、当所ホームページにてもご覧下さい。  本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 2011年10月29日(土)  「産業交流展メッセ2011」に出展
 今週の10月26日(水)〜28日(金)の3日間にわたり、東京ビックサイト東館で開催された「産業交流展2011」に事務所として出展しました。
 先々週の「あだちメッセ2011」に続き、この種の展示会には2度目の出展です。広い地域での産業界の交流を図るために開催されるもので、全国各地からの企業更にはこの種の異業種交流を促している地方自治体、各種団体も出展しています。当所は、あだちメッセと同様に、足立区の異業種交流会の一つである未来クラブの一員として参加したものです。
 会場を見渡しますと、地域振興を図るための東京の各区、地方自治体の参加が多く、行政側としても地域内の企業をバックアップすべく様々なイベントを実施し、その便宜を図っているようです。東日本大震災以来、「頑張ろう」のスローガンが各所で目立ちますが、それに呼応するまでもなく、各出展企業の“なんとかしよう”との意気込みが感じられました。今まで以上に活発にし、今まで以上の分は復興するため、否、復興する分を大きく上まわるようなものにしていきたいものです。
 2011年10月21日(金)  母校での「弁理士」に関する講義(その2)
 母校で、法律実務入門第18回「弁理士の職務と役割」につき、在学生を対象に講義をしました。今年で6回目となります。
 毎年、2月頃に、次年度の講義予定として組み入れたいとの母校からの要請により、学生さんに弁理士の仕事を理解していただける良い機会であると思い、この時期になると、準備をし、出かけているものです。6回目ともなりますと、当方にとって年中行事のようになります。聴講する学生さんは毎年違っていますから、馴れてしまったこともあり、ほぼ同一内容でも差し支えないかと思いながらも、少しでもアップデートな話題を提供したいと、それなりに毎年違うようにと準備はしています。
 今回は、昨年末には東京地裁では侵害しないとし、逆に9月には知財高裁の中間判決によって侵害すると示された「切餅事件」をトピックスとして取り上げました。この話は、多分15分程度は掛かるであろうと思いましたので、例年に話す内容はかなりの程度に省略してしまったところがあります。ただ、権利範囲を規定する「特許請求の範囲」の記載は、明細書全体による解釈、更には出願経過の参酌等で結論が全く逆になってしまうこと、それ故に、これの書き方が如何に重要であるか、それが弁理士としての腕の見せ所となること、等を理解してもらえれば、当初の目的は達成できたのではないかと思うところです。
 これに関連して、今回の講義では、文章を書く上で私にとっては非常に役に立った3冊の本、「日本語の作文技術」(本多 勝一著)、「日本語に主語はいらない」(金谷 武洋著)、「弁護士が書いた究極の文章術」(木山 泰嗣著)も紹介しました。
 2011年10月15日(土)  「あだちメッセ2011」に出展
 先週の10月14日(金)、15日(土)の2日間にわたり、東京芸術センター21階の天空劇場で開催された「あだちメッセ2011」に事務所として出展しました。
 足立区の活性化を図るために、足立区在住の会社・個人によって、自社製品のPRのみならず、製品を作っていないサービス業者にも出展者対象を拡大し、それぞれの事業を紹介しようとするものです。私共の特許事務所としては、特に展示すべき製品もないので、出展するにも戸惑いがありましたが、当所が足立区で既に25年近くも特許事務を扱っていることを更に知っていただく良い機会と思い、足立成和信用金庫さん、未来クラブの皆さんからお勧めいただいたことでもあり、出展したものです。
 会場には、足立ブランドとして認定された企業の製品紹介コーナーがあり、その向かいに私共のブースが用意されたこともあり、来場者には当所をより詳しく知っていただけるようになったのではないかと思います。
 また、当所紹介のパンフレットのみでなく、当所で扱った商標「カナナプロジェクト」の竹内海南江さん関連のバッグ、特許・意匠・商標の「ウェーブストレッチリング」のMAKIスポーツさん関連のストレッチ用具をお借りし、展示できましたので、来場者には一層の興味を持って見ていただけたと思います。この日記上でもお礼申し上げます。
 近藤やよい足立区長もお見えになり、一緒に記念写真を撮りましたが、素敵な区長さんに比し、当方があがってしまった顔では少々気恥ずかしいので、その掲載は止めておきます。
 ご来場いただいた皆さん、また出展者の皆さんともお知り合いになれたことは当所にとっては大きな宝になります。有り難うございました。
 また、来週の10月26日(水)〜28日(金)に東京ビッグサイトで開催される「産業交流展2011」にも出展します。ご来場をお待ちしていますので、宜しくお願いします。
 2011年8月5日(金)  映画感想その2
 何度見ても面白いのが「バック・トゥ・ザ・フューチャー」である。当事務所を開設したときのゴールデンウィークにレンタルビデオで鑑賞したのが最初である。独立したばかりで少々の不安があったときに、その不安な気持ちを一時だけでも忘れさせてくれ、また夢と希望を持つことを教えてくれたものでもある。映画の内容は、簡単に言えば、過去に行ったことで両親の過去を知り、自分の何気ない行動がそれを狂わせたことで、未来である現在が変わってしまうのを阻止するために悪戦苦闘し、現在に戻ったときには今までと異なる、主人公にとってはより良い世界になっていた、という物語である。映画の封切りは逃してしまい、面白いとの評判を聞いてレンタルして鑑賞したのだが、その着想、緻密に組み立てられたプロット、ユーモア、サスペンス(ハラハラドキドキ?)感は秀逸である。映画館の大画面で見れば、より一層楽しめたかもしれない。パート1最後の「TO BE CONTINUED」の次作への期待と共に、その後のパート2,同じくパート3の封切りを楽しみにし、映画館で見たものです。
 それから25年が経ち、それを記念して発売された25thアニバーサリー Blu-ray BOX で再度鑑賞しましたが、25年前の映画とは思えない画質の素晴らしさに感動もし、場面展開が解っていながらもその興奮を再び味わい、3部作を一気に見てしまいました。
 やはり、映画はいいものです。物語にはいることができれば、夢と希望の世界を味わうことができます。
 このレンタルビデオがきっかけで、ビデオによる映画の鑑賞、また映画館にも足を運ぶことになりました。
 2011年6月21日(火)  映画感想その1
  何度も繰り返し見る映画の一つに「素晴らしき哉、人生!」(原題:IT’S A WONDERFUL LIFE)がある。フランク・キャプラが監督し、主演はジェームス・スチュアート、ドナ・リードである。自分の夢・希望を周囲の事情のためにやむなく諦めてしまい、田舎町で低所得者を対象とする住宅金融の仕事をせざるを得なかった主人公が、ある事件で人生に絶望し「いっそ生まれてこなければ……」と呟いたことで、もし主人公が存在しなかったとしたときのその田舎町の様子を体験し、自分が行っていたことがどれほど人々の幸せを実現していたか、ということを知り、また、現実に戻ったときにはその周囲の人々の善意に助けられ、「人生は素晴らしい」と呟くのである。
  この映画の物語のあらすじ、場面展開はわかっていても、見るたびに同じ場面で感動してしまう。映画の背景・状況がクリスマスとしたこともあり、アメリカではクリスマスシーズンに放映されるほどの定番映画となっているとのこと、ほのぼのとした人情味あふれる内容がクリスマスシーズンにはピッタリなのであろう。
  この映画は、小学生、中学生、高校生等の特に若い人にこそ見てほしいと思う。いじめにあい、またつらいことがあるかもしれないけれど、そうした中でも自分の何気ない行いが、映画の主人公のように周囲の誰かを幸せにし、一つ一つのことが周囲の方々に感謝されているかもしれない。もし自分がいなかったとしたら、誰かが、僅かであってもその手助けがなかったために不幸になっていたかもしれないのである。異なる人生を同時に体験することはできないし、後戻りもできないとしても、現状が辛く、他に幸せがあったかもしれないとしても、今を精一杯生きて、人生の幕が下りるとき「素晴らしい人生を有り難う」といえるようになりたいものである。
  ちなみに、この映画は、公開当初は大きな評判とならず、そのままお蔵入りとなっていたところ、著作権の延長手続を失念したことで著作権上フリーとなったために自由に上映されるようになり、日の目を見るようになったものです。著作権が永年にわたって存続することが必ずしも良いとはいえないようです。
  
 2011年6月20日(月)  歩くこと
  今年の2月半ばから、自宅から通勤駅までの朝晩の往復は歩くことにしました。健康のためには歩くことが良いとは解ってはいてもなかなか実行できず、今まではついつい楽ができる自転車通勤でした。
 歩き始めますと、回りの景色が良く見えるようになり、途中のケヤキ並木の各枝や庭先の植木等の季節による変化を見る楽しみも増えました。そして、やはり健康にはよいのでしょうか、腰回りが少々痩せてきてベルトが、その孔の一つ分だけ小さくなりました。これからも続けるとどのようになるのか、楽しみでもあります。
  ただ、これからは暑くなりますので、特に朝であれば、駅に着くまでに汗を掻いてしまい、そのまま事務所で仕事をしなければならなくなるのが難点です。自転車通勤時でも汗を掻いていましたので、事務所に到着した時点でその汗を拭っていましたが、これからはそれが一層必要なようです。なるべく、汗臭くならないように、来客されたご依頼人様には不快感を与えないようにするつもりです。もし、汗臭いと感じられたら、今日も歩いて頑張ったんだなと思っていただき、ご勘弁を願う次第です。
  
 2011年6月18日(土)  SugarSyncの紹介
  先の日記でDropboxを紹介しました。このDropboxも使用すると便利なものですが、その後に同様な同期型オンラインストレージソフトのSugarSyncを知りました。このSugarSyncでは、Dropboxに比較して、日本語の説明、サポートがあること、また保存容量が5GBもあるので、現在はこれを使用しています。勿論、この5GBまでは無料ですので、普通に使用するのであれば、充分に足ります。
  現在(2011.6.14)では、「30GB無料トライアル」を実施中です。
  このSugarSyncへのアクセス、ソフトのダウンロードは以下のアドレスです。
      http://www.sugarsync.jp/
  これの使用方法を研究すれば、当方の仕事にもっと利用できるかもしれません。
  ただ、現時点で使用している限りでは、これをインストールしたパソコンのデータとは同期がとれますが、複数で利用できるようにサーバを別に設置している場合、このサーバにファイルされている各種データとは同期されないようです。
  
 2011年6月17日(金)  大震災から3ヶ月 「非凡な日常生活を!」
  東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)から3ヶ月が経過しました。被災地での復興はまだまだ目途が立たず、これからどのようになるのか、どうすればよいのかが解らない状態が続いています。将来の方向なり、展望なりが見えない限り、身近なことでも何から手をつけて良いのか、不安な毎日が続いていると思います。
 といって、手を拱いていては何も解決できず、先に進みません。大事なことは、これから先のことはどうなるか解らなくても、目の前にある身近な解決できる問題は解決していくことが先に進むための端緒になると思います。そして、できるだけ早く、今までの日常生活が続けられるようにすることが大切です。日常生活での何気ない普段の行い、日常の会話、その中の笑い、楽しみ、哀しみ、怒りがあったこと、またそれら必要であること自体が実感され、それができるときが本当の復興になると思います。
 この大震災を経験したことで、被災者の悲しい、切ない気持ちを思えば、楽しかるべき様々な行事、イベントが自粛ムードと共に中止あるいは延期になりました。これらの行事などは日常生活の中で行われており、このような行事に限らず日常の様々な業務にはそれに携わる沢山の人々がいますから、その人々にとっては仕事であり、日々の糧を得るものであり、それによって経済活動も動いているものです。こういうときであるからこそ、少しでも早く日常生活の活動が普段通りに行われることが必要です。そして、その活動を通じてこそ、それが被災地にも広がり、被災地の日常生活の再生にも繋がるのだと思います。
 ただ、従来と同じ日常生活では、その限度でしか有効でありませんし、再生には足りません。被災を被ったことでいわばマイナス状態になっていますから、それを少なくともゼロの状態にするには今まで以上の活発な日常生活が必要であるはずです。そのためにも平凡な日々ではなく、それよりも僅かでも活発にできる非凡な日常生活にすることが大切なことではないかと思います。
  
 2011年3月24日(木)  東北地方太平洋沖地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
  この3月11日(金)午後2時46分に発生しました東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
 発生してからほぼ10日余りが経過しましたが、日を追うにしたがい、その被害の甚大さが明らかになってきています。地震による家屋その他の倒壊、それに続く津波による家屋等の消失、更には火災による物的損害のみならず、数多くの人命が失われました。今日現在で、行方不明者を合わせますと、2万人を超えるとのことです。生まれて間もない幼児からお年寄りの方に至るまで、それぞれの人生が一瞬のうちに断ち切られたことを思いますと、それに対する慰めの言葉もありません。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
 現地の被災状況の報道の中に、小生の友人である小野寺康男弁護士が被災地の気仙沼市で無料の法律相談を開始したとの記事(平成23年3月22日発行の日本経済新聞夕刊社会面【東京版】)を見ました。彼の自宅兼用の事務所は、1階の事務所が津波のために使用不能となり、2階の自宅も住めなくなってご自分の生活がままならないのに、中小企業の方その他がこの被災のなか取引先への支払等をめぐり、困っていると聞き、弁護士の法律知識で解決できることが多い、とのことで無料相談を始めたとのことです。また、流失物・損壊物その他の所有権の帰属、その処理、復興に伴う土地境界の確認、保険請求・支払、失踪者としての認定、相続等の様々な法律問題が生じることが考えられ、被災者に対する各種の支援がなされるなか、このような法律問題の解決も重要と思われます。彼との直接の連絡は未だにできない状態ですが、この記事によって彼が無事であることに安心し、しかも被災された方々にとって頼りになる存在となっていることを思いますと、こうした友人がいることに誇りを感じます。
 また、被災された方々が一刻も早く、震災前の通常の生活を送ることができますように祈っておりますと共に、私共も遠くからであってもできるだけ支援していきたいと考えます。

  
 2011年1月17日(月)  Dropboxに感動
 私どもの仕事は、発明内容を説明する明細書等を作成することが主たるものです。作成するには、発明内容を理解し、発明者の着想に沿って理解し、把握したものを文章として纏めることになります。そのため、どのように表現すれば発明内容を的確に表現できるか、等を常に考えていることがあります。仕事場である事務所で考えながら書いているのは勿論ですが、思いつくと、場合によっては自宅その他の場所で書くこともあります。
 昔、といってもワープロ(これもすでに懐かしいものとなりました)以前では、原稿用紙に手書きしていましたので、紙、鉛筆、消しゴムがあればどこでも書くことは可能でした。パソコンを使用して文章を作成するという機械化(文明?と言っていいかも)したことで、今度はどこでも可能というわけにはいかず、それなりのノートパソコン等のモバイル機器を用意しなければ書くことが困難となりました。そうしますと、基本的な文書は仕事場のパソコン内に保存されていても、それを元に仕事場外で修正、追加等をし、それが仕事場のものと違ったものとなり、また修正等の有無も含めると、今度はどれがマスターとなる基本的文書なのかが、トントわからなくなります。
 また、自宅で書くこととして、修正すべきファイルをUSBメモリーに格納し、持ち運び、自宅で修正しても今度は仕事場のパソコンに上書き保存しなければならないし、それを忘れると、どれが元のものかわからなくなるばかりでなく、持ち運ぶことの危険性もあります。
 そんなとき、このDropboxのソフトを知り、早速にインストールし、利用しました。使用してみると、これは素晴らしい、掘り出し物、と感激してしまいました。
 仕事場のパソコンにインストールし、ファイルをアップしておき、今度は自宅のパソコンにインストールし、予め設定してあったアカウントを入力しますと、仕事場でアップしておいたファイルが直ちに表示され、あたかも仕事場でそのファイルを修正しているのと全く同一の環境で操作できるのです。これは、もう、感激を通り越して、鳥肌(本来は、恐怖心を感じた状態を意味するようですが……)ものです。
 このDropboxソフトは、一度使用すると、他のオンラインストレージのソフトを使用する気にはなれないです。嘆きとしては、自宅では、ますます仕事しか、しなくなりそう………。
 このDropboxのソフトは、英語版のものしかなく、日本語では説明されていませんが、下記のアドレス「Dropboxマニア」にアクセスすれば、日本語で説明されています。インストールするときの英語での説明が理解できなくても簡単にインストールでき、容易に使用できます。このような使い勝手がよいソフトが、2GBの容量まで無料で使用でき、50GBに容量をアップしてもその使用料は年間で99ドルで済みます。なかなかの優れものです。

http://www.getdropbox.jp/

  
 2011年1月1日(月)  新年あけましておめでとうございます
 昨年は大変お世話になりました。
 この度、私どもの原田国際特許商標事務所と、私が弁理士登録以来、お世話いただいておりました中村国際特許商標事務所とは互いに協力し、今後は共同し、パートナーとして出願その他の事件を扱うことになりました。
 これによって、出願事務はもとより関連する業務も今まで以上に円滑に処理でき、一層安定したものとなり、クライアントの皆様には大きな安心感を持っていただけることになると思います。 これを機に、一層充実した国際特許・商標事務所として、ご期待に応えるべく努力いたす所存でございますので、本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

  
 2010年1月1日(月)  新年あけましておめでとうございます
 昨年中は大変お世話になりました。
 早いもので、本年は弁理士登録から満40年を迎えます。この間、登録後直ぐに出願公開・審査請求手続等の導入で特許制度が大きく変わり、また、PCT出願・マドプロ商標等の国際化への対応、サービスマーク登録制度の創設による商標対象の拡大等もありました。さらには、オンライン化された出願手続も本年中にはインターネット出願とすることに統一されます。
 このような時代の変化に対応した様々な改革も、知的財産の適確な保護を図るためのものです。社会の発展のためには、役に立つ、優れた「ものづくり」が基本であり、それ等を活用・普及する事業を欠くことはできません。事業に結びつくこれらの権利化に、私共は少しでもお役に立ちたいと思います。
 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
  
 2009年1月1日(月)  新年あけましておめでとうございます
 昨年は大変お世話になりました。
 さて、昨年10月に事務所を下記に移転致しました。
新事務所は日光街道北千住交差点の角にある新築ビルの7階となります。この地に事務所を開設してから早いもので22年目を迎えます。この間の事務所ビルは、いずれもこの北千住交差点の周辺地であり、電話やFAX番号も変更する必要がなかったことは私どもにとっては幸いなことでした。
 新事務所からの眺望は素晴らしく、晴れた日には富士山も見え、都会の喧噪を忘れさせてくれます。お近くにお越しの節は是非お立ち寄り下さい。
 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

新事務所
 〒120-0034 東京都足立区千住二丁目4番地
          オカバツインタワービルイースト
 電 話 03−3888−5133
 FAX  03−3888−5144
  
 2008年 11月17日(月)  花火と富士
 事務所の移転先のビルは、日光街道北千住交差点の角にあり、僅かにカーブしている角に沿った壁面は、「壁」というよりも全面的にガラス窓となっている。階の床面から天井面にいたるまでガラス面であり、しかもビルの外郭は歩道との境界から僅かしか離れていないこともあって、事務所階のガラス面側から見た歩道はまさに足下直下といったところである。
 開放されている窓面は、北方向からほぼ南方向に拡がっており、北方向では千住新橋を経て西新井方面まで、西南方向では池袋のサンシャインビルまで、南(南南西)方向では高層ビルが立つ新宿方面まで見渡すことができ、荒川に沿っている首都高速中央環状線を走る車列も見ることができる。このような事務所からの眺望は、気持ちのよい清涼剤でもあり、都会の喧噪を一時でも忘れさせてくれる。
 これに加え、夏の風物詩である7月末に開催の足立花火大会では、その花火を眼前で楽しむことができる。花火の打上会場である荒川土手からは直線距離で僅かに600m程度であり、華麗な花火を腹に響くような迫力ある音と共に楽しむことができる。
 また、晴れた日に西南方向を見れば、遙かに富士を見ることができる。江戸の昔から、各地で富士を見ることができたものが、空気の汚れ、ビル等の建築物その他で「富士見町」「富士見坂」の地名の由来すら忘れてしまった昨今を思うと、富士が見えること、しかも事務所の窓からそれが見えることは大きな感動である。事務所の窓からの富士は、近くの大きなマンションと遠方のビルとの間にあり、事務所、マンション、ビル等のいずれかがずれていれば富士の一部が隠れたり、全く見えなくなってしまうところである。一富士、二鷹、三茄子といわれるように縁起を担ぐわけではないが、やはり、富士が見えたことで何となく得をしたような気持ちになるのも事実である。
 夏の花火と、冬に期待できる晴れた日の富士とは、これからの事務所にとって楽しみの一つとなる。
  
 2008年 10月07日(火)  事務所移転
 この度、下記に事務所を移転することになりましたのでお知らせいたします。

      新住所:〒120-0034 東京都足立区千住二丁目4番地
            オカバツインタワービルイースト(7階)
      移  転   日:平成20年10月11日(土)
      業務開始日:平成20年10月14日(火)
      電話:03−3888−5133
      FAX:03−3888−5144
    ※電話・FAX番号は、変わりません。   

 この北千住に事務所を開設してから、早いもので21年6ヶ月となります。開設した当初は僅かに5坪程度の事務所でしたが、ご依頼人様をはじめ沢山の方々のご支援のお陰で業務も拡大でき、体裁も特許商標事務所として恥ずかしくないものとすることができました。あらためてお礼申し上げます。また、これを機会に、業務内容も更に一層充実させる所存であります。
 私共の事務所にとって幸運であったことは、この地に事務所を開設以来、業務の拡大に伴い手狭となりました事務所を移転しましたが、この北千住交差点周囲の場所で仕事場を確保できたことですし、また、電話・FAX番号も変わらずにそのまま使用できたことです。開設当時の最初の場所は日光街道上りの草加側の角の手前のビルの3階であり、2度目の場所は日光街道下りの角から左折して僅かのところの草加側の道路脇のビルの4階・5階でありました。この度の3度目の場所はまさに日光街道北千住交差点の日光街道上りの日本橋側角にある新築ガラス張りの緑色ビルの7階となりました。
 新事務所へは、この新築ビルの交差点角にあるビル入口からエレベーターで7階までお上がり頂ければ、業務時間内であれば、そのまま事務所に入ることができます。また、業務時間内は勿論のこと、時間外でも警備会社のセキュリティシステムによって万全に保護され、業務内容の秘密性も十分に保たれておりますので、ご依頼人様にも安心頂けるものと思います。  今後とも、皆様方のご支援、ご鞭撻のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
  
 2008年 1月 1日(火)  新年あけましておめでとうございます
 昨年は、弁理士会研修所による研修講師の一員として務め、また民法・民事訴訟法に関する基礎研修の講座の見直し等にも携わりました。更には母校の大学で「弁理士の職務と役割」と題して法学部の現役学生を対象に1時限ほどの講義も一昨年に引き続き行う機会がありました。
 我々弁理士は、その出身が法文系に限らず、むしろ技術系の方が多数おり、幅広い分野からのそれぞれの専門知識を有する、いわば専門家の集団ともなっています。出身が異なることで、また様々な環境、経験・職種、出身地等によって問題解決の手法・アプローチも差異が生じます。これは研修講師を担当して実感したことでもあり、それだからこそ、互いに切磋琢磨する機会にも恵まれています。異質のものも同化し、それらを取り込む寛容性をもっていることも我々弁理士の強みであるとも思います。
 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 2007年12月28日(金)  手帳
 今年も、来年の予定その他を記入し、時間管理をする手帳を購入する時期がやってきた。手帳を使い始めた頃は、「能率手帳」のポケット版を購入したが、勤務状況によると、依頼人との特別な面談の約束もなく、プライベートの会合も多くはなく、それらの予定があったとしても、若かったせいもあり、手帳に記入しておかなくても、そのほとんどを覚えていることができた。そのため、結局は手帳を使用することもなく、記入した予定の確認をする必要もなく、例え予定を記入してあってもそれを見なくても、何らの不都合も生じなかった。ただ、最近は、提出期限のものがあり、依頼人との面談の約束・訪問、弁理士会委員会の開催、その打合せ、プライベートな会合の予定等、諸々のものがあり、それらを全部覚えておくことは非常に困難な状況となっている。
 結局、スケジュール管理のために手帳に記入し、それを毎日のように確認し、行動するようになり、日々の仕事を記録する備忘録としても使用するようになった。書き込みも多くなるに伴い、「能率手帳」の縦書きが非常に面倒となったこともあり、横書きができるタイプのものに変更し、それを使用して既に20年近く経っている。この20年近く使用している手帳は、横書きで1週間の見開き形式であっても、1日の区分が午前、午後、夕方以降と3区分された表示欄となっていたから、午前から午後にかけ、また午後から夕方にかけた予定があると、それぞれが分断されたものとなって、時間の連続性が把握できないものとなっていた。
 この手帳では、連続性ある時間を分断してしまう不便さが解消できないために、来年用に購入するものでは、予定事項の時間の連続性が把握できるタイプのものがないかと、色々と探し歩いた。そこで見つけたのが、1週間の見開きタイプの、いわゆるバーチカル形式のものである。このバーチカルタイプのものは、多分、以前から提供されていたと思われるが、これに全く気がつかなかったのである。現在、使用しているバーチカルタイプの手帳は、背広のポケットにも入るポケット版でありながら、平日の5日間(月から金まで)が同一大きさで、土日のみが平日の半分程度の大きさとなっており、日々毎のメモ欄があり、また、平日は午前7時から23時までに区割りされている。これによって、縦方向の時間軸に沿って予定事項毎に横書きでき、しかも予定事項の連続していることが一目でわかるので、とても使いやすいものとなっている。
 このバーチカルタイプの手帳によって、予定を漏らさず記入し、それによって時間管理がスムーズになれば、何事も能率的に処理できるようになるのではないかと、密かに期待している。また、手帳に予定を書き込むとしても、それをこなしていかなければならないのは当然のことで、そうした意味で頑張ることに繋がるものともなる。
 ただ、使用を始めたこのバーチカルタイプのものも、色々と改良してほしい点もあるので、私にとっての満足度はほぼ80点といったところである。
 2007年 1月 1日(月)  新年あけましておめでとうございます
 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 昨年は、母校の大学で「弁理士の職務と役割」と題して法学部の現役学生を対象にした1時間ばかりの講義をする機会がありました。母校には残念ながら知的財産法の講座がありませんので、我々弁理士の仕事の内容説明の前に、「発明とは…」、「特許・商標等とは…」などの特許制度の説明も必要でした。短時間ではありましたが、一般的・概略的な特許等の説明の他に弁理士の仕事の魅力の一端も紹介できました。嬉しいことに、講義を聴いた学生の中から、弁理士になりたいとの声も上がりました。
 また、特許制度も日々変遷しており、世界的に統一される動きがあります。この世界統一特許の実現にはまだまだハードルがあり、次世代に委ねざるを得ないでしょう。その実現には、今までに得た我々の知識を若い世代に引き継ぐことも大切であると実感しました。
 
  
 2006年11月 2日(木)  母校での「弁理士」に関する講義
 卒業した大学の母校から、弁理士についての講義の依頼を受け、先日、「弁理士の職務と役割」と題して学生に話をする機会があった。
 これは母校の担当教授が、法学部に在籍している学生の多くに、法曹界に就職することについても様々な職業があること、またそれのイメージを具体的に持ってもらいたいこと、そして将来の職業を考える参考にしてほしい、との考えによって、今年度に開講した講座である。「基礎法律学講座…法曹を志す人のために…」として、法学部OBの現役職業人を講師として招き、法曹界の代表的職業である裁判官、検察官、弁護士のみならず、法律に関連する周辺業務の一つとして弁理士も紹介することになった。そこで、OB弁理士の一人として小生が、弁理士とは何か、具体的にはどのような仕事をするのか、更に弁理士になるにはどうすればよいか、等につき講義をすることになった。
 時間的には、1時限の90分で話をするとのことなので、その準備を始めた。弁理士とは特許出願等の手続の代行をするのが仕事ですよ、といってしまえば、それで終わってしまうことになり、準備当初は長い90分をどのようにして埋めようかと考えてしまった。ただ、母校では知的財産を講義する産業所有権法の講座がカリキュラムとして編成されていないので、先ず、これを知って貰うことが必要である思い、それをも加味して講義内容を検討すると、逆に時間的には不足してしまうことになった。
 それらの中から、学生を対象としていること、また、母校出身の弁理士が少ないこと、等の事情を考慮して先の3つのことを柱として纏めることとし、それに関連して知的財産制度を簡単に説明することで全体の話を纏めることにした。レジュメも用意し、その時間配分も考え、弁理士会から提供された「弁理士Info」も配布して講義に臨んだ。  講義を始めて見ると、レジュメの記載内容を踏まえたとはいえ、知的財産制度の概略説明では、普段から依頼人に説明していることを簡単にしながらも説明することにはなってしまった。講義が終わってみると、説明に不足な点が多々あることに気がついても、それは後の祭りであった。ただ、母校出身の弁理士は少ないこととはいえ、この仕事の魅力、将来性等を語ることができ、学生諸君には当方の気持ちを十分に伝えることができたとは思う。
 講義を聴いてくれた学生の中には、この仕事に興味を持ち、挑戦したいと言ってくれたものもおり、その意味ではこの講義の効果があったと思い、一安心もした。また、母校でも知的財産の講座の開講を予定しているとも聞いているので、これからの後輩の大いなる奮起を期待できそうである。
 
 2006年10月 2日(火)  五つの幸せ
 先輩から教えて頂いた「五つの幸せ」というのがある。この五つの幸せの意味を、高校卒業から40年以上を経過して、還暦を迎えて集まった高校時代の同期会で今年ほど強く感じたことはない。
 その第1は、健康であるということである。健康で、長生き(まだまだというところであるが)できていることであり、友人の中には物故者もいるから、つつがなく、こうした会合に出席できる楽しみを感じる一番の理由である。これまでも特に大過なく、健康に過ごすことができ、丈夫な身体として生まれ、育ててくれた親に感謝する気持ちで一杯でもある。
 第2に時間があるということである。身体が丈夫であっても、時間的に余裕がないほどに忙しく、日々それに追われているようでは、会合に出席はできない。出席し、実質的に参加している時間は僅かであっても、その準備・支度の時間を楽しみ、終わった後の余韻を楽しむことができるのも幸せの一つである。
 次の第3の幸せは、お金があるということである。健康で、時間があっても、こうした会合には会費が必要であるから、その費用を捻出できる、余裕があるということである。仕事をし、それなりの収入があるのであればともかく、年金生活になったときに、果たしてその余裕があるだろうか、会費の直接的支出のみならず、遠方であれば往復の旅費も必要であり、それを含めた支出が可能であるのも幸せと思わざるを得ない。
 そして第4の幸せはお誘いがあるということである。以上のような健康、時間、金銭に恵まれ、会合には物理的に出席可能であっても、お誘いを頂けなければ出席はできない。会合の良い雰囲気を壊し、出席された方々に顰蹙をかうようでは敬遠され、お誘いがない。会合に出席される方々から参加のお誘いがあることは、それだけでも幸せである。
 最後の第5の幸せは会合に出席すれば、出席者の皆さんにお会いできるということである。これが最大の大きな喜びでなくて、何であろうか。これこそ、会合に出席参加できることの大きな幸せである。懐かしい顔を見、昔話に花が咲き、その当時に戻ることができるのに何の遠慮もいらない。
 特に、今回は高校時代の同期会が出身地(東京からは遠方である)で開催されたこともあり、在住の卒業生が中心になって様々に準備し、またその写真を送っていただき、また報告をいただいた。それを思うと、私自身は、更に第6の幸せとして、素晴らしい世話役幹事がいる、彼らを自分の友人として持っているということをあげたい。忙しい中、素晴らしい会合を準備していただき、またその手間を惜しまずにご報告していただき、ホントにお世話になりました。有難うございました。

 
 2006年 9月28日(火)  還暦同級会
 この夏、大学時代のクラス会、高校時代の同期会が開催された。いずれも、今年あるいは来年でクラス生、同期生の多くが還暦を迎えるため、それを機会に集まろうとのことであった。
 大学時代のクラス会では卒業してから40年近く経過している。その間にそれぞれのクラス生にも年相応にそれなりに色々とご苦労があったようで、近況報告を聞くと、Uターン・Iターンあり、社会的・公的責任の立場から活躍していたり、メーカーとして製品開発に挑戦していたり、地域のボランティアに携わっていたり等している。また大病を患ってもそれを克服し、元気に活躍していたり、仕事のためとはいえ単身赴任で苦労したこともあったり、はたまた海外で活躍していたり、と多彩なものである。ちょうど定年を迎えることにもなり、趣味を活かして展示会に出品し、数々の受賞の栄に浴したり、また各地への様々な旅行をしていたり等、悠々自適の生活を送っていたりしている。
 ただ、当方の仕事は定年がない。そのため、以前には定年がある友人からは、定年がなく、定年後の職を考えなくて良いのはイイナ、と羨ましがられたことがある。考えてみると、人生の一つの節目ともなる仕事上のいわばケジメがないので、仕事(依頼)がある限り、続けていくようなことになる。もし、そのケジメを考えるのであれば、それは自分で決断するしかない。
 私自身は弁理士の仕事が好きであり、仕事をすることで依頼人のお役に立てるのであれば、それが一番と思っている。これを楽しみとして、生涯、一弁理士としてこれからもやっていきたいと考えている。ケジメをつけるのは、まだまだ先になりそうである。

 
 2006年 5月16日(火)  旭山動物園
 この連休を利用して旭山動物園を見学した。旭山動物園の見学とはいっても、この他に美瑛・富良野、根釧原野、摩周湖、屈斜路湖湖畔での自然体験、知床を巡るパック旅行の見学観光地としての一つである。
 旭山動物園見学は、20年ほど前、7・8年ほど前とあわせて今度で3回目である。1回目の見学では、帰省した際の時間があったこともあって、時間つぶしも兼ねていって見るかということで行ってみたものである。そのときは、入園者も数えるほどで閑散としており、特に目玉と呼べる動物もおらず、南方系の動物がこの北の寒い冬をどのようにして過ごせるのか、また少ない入園者でも維持できるのか、と心配するほどであった。2回目は、行動展示という新方式によるペンギン館、ほっきょくぐま館、もうじゅう館等の施設が完成し、特にペンギンが空を飛ぶように泳いでいる姿を真下から見学できることで非常に感動した。3回目の今回は、動物園職員の努力による行動展示という展示方法で動物たちの活き活きとした姿を観察できるとしてが評判を呼び、多くの人たちが訪れるようになったのに伴い、一昨年には一時的にでも上野動物園の入場者数を超えて日本一の入場者数となったこと等もあり、パック旅行の見学コースの目玉となっているのに便乗したものである。
 昔の動物園の見学のように檻の中の動物たちを単に見るのとは違い、動物たちの中に我々見学者が入っていき、動物たちの自然な行動をそのまま観察でき、動物たちの習性を体感できるのは非常に大きな感激である。入園したときには、オランウータンのもぐもぐタイムが始まり、地上20mの綱渡りで餌を食べに行く姿は圧巻である。「もぐもぐタイム」として餌を与えることに工夫をし、餌を探し、食べること自体が動物にとって大きな仕事であり、それが動物の行動・習性に結びつくのに着目したのは、考えてみれば自然といえば、自然のことである。人間から餌が与えられることに慣れてしまうと、餌を獲得するための動物自身の行動が次第に失われていくのは当然である。動物にとっては餌を獲得すること、食べること自体が目的であるから、それを行動展示として観察させるとする着眼点は、動物の素晴らしさを理解してもらうという動物園職員の動物に対する普段からの観察が生かされ、理想の動物園を作るとした職員の夢が実現できつつあるた結果であると思う。これからも、動物自体が園の生活を楽しみ、またそれが人間にとっても感動が得られる素晴らしい動物園として成長することを望みたい。

 
 2006年 2月23日(木)  男たちの大和
 土日の休みを利用して、学生時代の友人の4人で「男たちの大和」ロケセット地の旅行をした。尾道の映画「男たちの大和」のロケセット現場、呉の「大和ミュージアム」、歴史の見える丘(大和の建造現場)、江田島の旧海軍兵学校、更に小京都といわれる竹原を巡る旅である。
 映画のために製作したロケセットとはいえ、実物大に製作した戦艦「大和」の一部が再現されているとのことで、是非見ておきたいと思ったのが旅の目的であった。多分、これからもこのようなものが製作されることがないとも思ったからでもある。
 実際のロケセット現場に立ち、前半部分のみで第1砲塔は砲身がなく、艦橋の基礎部分しかなくても、実物を見るとその大きさに圧倒される。あくまでもセットであるから本物らしく作られていても、叩いてみれば「ボコボコ・ポコポコ」とベニア板の音がするのはご愛敬である。大和が計画・建造されたときには、海戦時に巨大な大砲が相手方の戦艦等を攻撃沈没できるとの見込みがあったが、竣工時には航空戦の時代に入っており、既に時代遅れになっていたのである。航空戦の時代となったことを示したのは、皮肉にも当時の日本帝国海軍であり、真珠湾攻撃、マレー沖海戦等で航空機のみによって相手方の戦艦等に十分な損傷・損害を与え、戦力を無力化できることを立証したのである。その意味で、大和は建鑑当初から無用の長物となっていたのかもしれない。現に「大和」型の3番鑑である「信濃」は建造途中から航空母艦に変更されている。
 同時の戦況・状況はともかく、日本の建鑑技術を総結集した当時の技術水準の高さがその後の日本の造船業の復興に繋がり、また日本全体が技術立国に拠ることになったことに繋がっているのである。「大和」が悲劇の戦艦といわれることはあっても、こうした建鑑技術を持ったこと自体は誇りとして良いと思う。
 大和による沖縄特攻作戦は、生還の望み、作戦遂行の見込みも全くない無謀なものであったのは事実である。少年兵が多い乗組員にとっては、純粋に大日本帝国(日本)を救うという気持があったかもしれない。生還の望みがなく、またアメリカ軍に対し大きな戦果を挙げることも期待できず、むなしく死んでゆくことの意義を見出せない悩みを持っていたとも思う。ある乗組員の手記にあるように、新生日本の先魁となって死んでいく、との自分の死に意義を見出そうとしたことの意味を考えると、その犠牲の上に成り立っている今の平和な日本を大切にしたい、平和の意義を考えたい、との思いを新たにした。
 大和ミュージアムでは、1/10の大和の模型が展示され、復元された零戦、回天等も展示されている。これらの展示物を見ると、戦争のためとはいえ、技術が悲しいことに使用されることがないようにしたいと思う。また、この大和ミュージアムには、宇宙戦艦ヤマトも併せて展示されている。宇宙戦艦ヤマトのように、「技術」が平和のため、明るい未来のために利用されるようにしていきたい。
 最後に訪れた江田島の旧海軍兵学校では、数々の遺書が展示されている。その一つ一つが遺言者の思いを、すなわち国に対する思い、家族に対する思い、日本の将来に対する思いそれぞれを書き綴っているのを見ると、現在の日本には彼らの思いの何かが欠けているような気がしてくる。それを考える時間を与えてくれたことに感謝したい。
 
  
 2006年 1月 1日(日)  2006年 新年挨拶
 新年あけましておめでとうございます。
 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 昨年10月から開始されたインターネット出願によって、24時間いつでも出願できるようになりました。出願の電子化に対応して特許審査の期間も徐々に短縮され、早い場合には出願から1年以内で権利化されるものもあります。IT化の効果が如実に表れた結果であると思われます。
 また、地域経済の活性化を期待できる地域ブランド(地域団体商標制度)の登録が本年4月から施行されます。
 一方、特許・商標等に関わる各種の事件も多くなりつつあります。審査の早期化のみならず、こうした事件の処理の迅速な処理のために専門に取り扱う知的財産高等裁判所も設置されました。
 本年も時代の流れ・要請に対応して特許・意匠・商標等の制度改正が予定されているものもあります。皆様にとって有効に利用できる制度となってほしいものです。
 
 2005年12月27日(火)  特定侵害訴訟代理業務試験
 特定侵害訴訟代理業務試験は、特許・商標等の侵害事件等の訴訟につき、弁理士が弁護士と共同して訴訟を代理することの資格の有無を検定するものです。本年度のこの試験に無事合格し、申請によって登録(付記登録)されれば、「付記弁理士」として特許等の侵害訴訟事件では弁護士と共同代理できることになりました。
 従来からも補佐人として訴訟のお手伝いをしておりましたが、これからは代理人として積極的に関与でき、今まで以上のリーガルサービスを提供できるものです。特にこの種の特許・商標等侵害訴訟事件では、事件内容が技術的な事項に係わることなので、技術面からのアプローチが必要である事件の特殊性を踏まえ、技術には不得手とされている法律専門家の弁護士を補佐する立場でありました。今後は訴訟という土俵では技術面のみならず、法律面からも当事者を一層サポートし、依頼人様にとって最も利益となる方策を考え、提供したいと考えています。
 
  
 2005年12月21日(水)  アクセス20,000回
 私どもの事務所のこのホームページへのアクセス数が20,000を越えました。
 このサイトを開設した2001年夏には、どのような方に、どれくらいの方が当サイトにアクセスして頂けるのか、また私どものサイトが皆様のお役に立てるのかどうか等の疑問を持ちながらのスタートでした。
 開設以来4年を経過し、このように沢山の方にご覧頂けたことは、やはり、内容的には他の同種のサイトにはない特別なものがあったのだろうとも思います。単に、事務所内容の形ばかりの案内とせずに、特許に関する諸制度をわかりやすく解説し、初心者の方にもできるだけ理解できるようにと配慮した内容としたのが良かったのではないかと自負してもおります。この結果が、開設した翌々年には、オールアバウトジャパン(All About Japan)からの推奨もあったことも、私どもの方針・方向が間違っていなかったと思います。
 特許(特許に限らず)制度は、時代の要請に対応して毎年のように改正されています。それを一般の方にわかりやすくお伝えし、利用して頂くようにするのも務めとも思っております。
 今後とも宜しくお願い致します。
 
  
 2005年5月15日(金)    漫画「三丁目の夕日・12か月」
 この「三丁目の夕日・12か月」は、漫画週刊誌「ビッグコミック」に連載されている西岸良平(サイガンリョウヘイ)氏作の「三丁目の夕日」が、1月から12月までの夫々のエピソードとして12か月の各月毎の行事、季節等に相応しく月編のものとして纏められ、12冊の単行本となっているものである。主として昭和30年代の日本における家族、自然、猫・犬等のペット等を題材とし、物質的には決して豊かではなかったが、夫々各人の夢が将来的には実現できるとの期待を持って生きていた時代を背景としている。物語夫々は、お互いの相手を夫々に思いやる親子、男女・夫婦の仲のほのぼのとした家族愛に溢れており、我が身の来し方を重ねると、物語の背景にあるような貧しくても、ほんの僅かな小さな夢がかなうのではないかとの喜びがあったことの懐かしさが蘇ってくる。
 ただ、往時と異なり現在は、物質的には恵まれているようでも、それだけに追われているような、物質的には満足しているようでも、何か物足りないようなことがあるのを感じる。そんな物足りなさの一つが、小さいことであっても気持ちの上でそれが満たされることの必要性にあるのではないかと思う。その意味で物質的にはいくらか足りない状態でも、将来的にそれが満たされ、夢がかなえられるとの期待感がいくらかある方がよいのかもしれない。また、それが実現できるように少しでも努力し、期待もし、それが実現できたときの満足が得られるとの精神的な僅かな飢餓感があるのがよいのかもしれない。


  
 2005年5月6日(金)  ハウステンボスの思い出
 この連休を利用してテーマパークの一つであるハウステンボスを再訪した。10年ほど前に開業間もないハウステンボスを訪れたとき、オランダの町並みを再現し、また海を身近にして暮らすことができる別荘地等を見て、こんな暮らしも良いのかなと思ってもみた。その後のバブルの崩壊と共に訪れる人も少なくなり、財政的な破綻を来してその再生が緊急の課題となっているところである。
 テーマパークとして海を題材としても、初めて訪ねたときには正直なところ、やはり一度見てしまえば、度々来るところではないなという感じがあったのも事実である。新しい施設が増えたり、内容的に変化があったり等の何度も尋ねたいとの再訪の理由がないため、リピーターが増えず、結局はその維持・運営が困難となったものと思う。このハウステンボスでは、ディズニーランドと比較しても、ディズニーランドでは新しいキャラクターの登場と共に新たなアトラクションも増え、また毎日珍しい新しいものが何かしらあり、それを発見するのが楽しみとなっているのとは根本的に異なっている。
 テーマが海/海洋国家のオランダであることの華やかさがなく、地味であること、またディズニーランドのように新たなキャラクター的なものが増える見込みがないこと等も停滞の一因かもしれず、またそれが再訪する魅力がないことにも繋がる。連休中であっても訪問者(入国者)数はそれほど多くはなく、賑やかさがないことは、各施設を見るにも物足りなさを感じてしまうし、大勢の人達がいることでのワクワクするような躍動感も湧いてこない。ディズニーランドを経営しているオリエンタルランドが支援するとの話もあったようであるが、ディズニーランドとは根本的なコンセプトが異なるので再生にも困難がつきまとうのであろう。
 ただ、落ち着いた雰囲気のヨーロッパの町並みが構成されており、大人の香りがあるのだから、それを活かした方向で子供も楽しめるようなものにできればと思う。
 
  
 2005年4月3日(日)  つくばエクスプレスの楽しみ
 つくばエクスプレス(略称…TX)が本年8月24日に開通する予定だ。その一つの駅である「柏の葉キャンパス」駅は自宅の近くであり、徒歩でも15〜20分程度だ。今までは、北千住の事務所に通うのに使用していた常磐線の北柏駅に行くのに徒歩では35分程度(自転車で15分程度)がかかっていたが、これに比べ格段と近くなる。しかも常磐線各駅停車の電車では北千住まで30分かかっていたのが、つくばエクスプレスでは22・3分程度なので、通勤時間も今までより約10〜15分程度で短縮されるようだ。また、秋葉原まで直通で運転され、新駅の秋葉原駅では今秋開店予定の「ヨドバシカメラ」に直結する出入口ができるようなので、これも今から楽しみにしている。
 ただ、残念なのは「柏の葉キャンパス」駅には東大柏キャンパスその他の学園施設があり、さらにシネコンを含む170店舗の大きなショッピングセンター(2006年秋に完成予定)、大規模マンション等が出来上がる予定だが、快速が停車しないことだ。「柏の葉キャンパス」駅には区間快速運転の電車が停車するが、これでごまかされてしまいそうだ。
 新駅の「つくば」駅からは、おそらく成田空港へのバスも出ていると思うので、成田に行くにも便利になりそうだ。
 
 2005年4月1日(金)  法律制度の改正に思う
 本日から改正実用新案登録制度が実施される。
 変更・改正点の主なものは、@存続期間の延長、A登録料の値下げ、B特許出願への変更、C登録後の訂正範囲の拡大等である。平成6年に実施した新実用新案登録制度を根本的に見直し、実用新案登録出願が極端に減少したことの要因の幾つかを取り除き、出願人に使用しやすい、また利用しやすいものとすることにあるようだ。
 特に、存続期間の延長、特許出願への変更を認めたことは、実用新案登録出願しても、その対象物の実施に時間がかかっていたことで販売開始時には権利が満了してしまうようなマイナス面を是正できる。また無審査であるために無効とされる蓋然性が高かった点につき、実用新案登録出願の対象物の実施化・事業化等によって長期間にわたる安定した権利を要望すること等に応えられるようにもなる。改正実用新案登録制度は、そのためにも大いに利用できると思われる。
 また、特許出願ではその審査請求印紙料が大幅に値上げされたが(2004年(平成16年)4月以降の出願に適用)、その反面、何らかの事情によって審査が不要となった特許出願については出願人側の希望によってその審査請求印紙料の半額が返還されることになった。
 こうしたことを考えると、特許出願から実用新案登録出願への変更、これに伴い既に請求手続きした出願審査請求料の返還請求、また実用新案登録から特許出願への変更による安定的・長期的な権利化等の種々な選択が可能になる。事業化・実施化の目途、あるいはそれらの中止等によって特許あるいは実用新案登録出願した手続の進行を色々と検討し、変更・選択することが必要となる。手続に伴い掛かる費用等との兼ね合いもあるが、今まで以上に考えなければいけないことが増えることにはなる。制度が複雑となるマイナス面もあるが、無駄のない、効率的な方法を採ることで事業化・実施化に連動させることができるなら、今時の改正も出願人にとってフレンドリーなものとなり、役立つものとなる。
 
 2005年2月27日(日)  デジタルカメラ
 最近はデジタルカメラに凝っている。凝っていると言っても、デジカメで写真を撮影するのは、マア、ともかくとして、新製品の情報に敏感になっている。毎日のように新製品が各社から発表され、夫々に特色を発揮していても、あちらの性能が良ければ、こちらの性能がいまいちと、仕様上だけれどもあれこれ吟味するの面白く、そういう意味で凝っている。新製品の情報があると、直ぐにネットの「価格.com」をのぞき、色々な方の意見を参考にする。それにしても、ここに書き込む方達は、皆、一家言のありそうな相当なマニアの方達が多いようだ。そこが、またカメラの魅力かもしれない。
 いずれはデジタル一眼レフカメラを持ち、レンズをあれこれ交換し、これはと思うような写真を撮りたいものと思いつつも、なかなか思うようにいかない。現在、手持ちのデジカメ(おっと、これは登録商標です。が、権利者がその商標権を行使しないとしているようで、フリーに使用可能となっています)は、リコーのCaplio−R1vである。28−135mmの光学4.8倍ズーム、マクロが1cm(実は、出願対象物を大きく撮るために、これにはこだわりました)、操作系もわかりやすく、またバッテリーの持ちが良く、1回の充電でほぼ400枚近くが可能で、しかも普通のアルカリ乾電池が使用可能なのが魅力である(購入日の1月23日に充電してから300枚近く撮りましたが、まだまだ、撮れそうです)。鞄の中に入れておいても重量的に嵩張らず、常時携帯しても苦にならない。これでいて、画質が最高というわけではないが、そこそこに撮れるので、今では愛機といえるものとなっている。
 ただ、シャッターボタンが押しづらく、手振れになりやすいのが欠点である。特に、カメラを縦に構えて夜景を撮ると、シャッターボタンに対する力の入れ加減が難しく、なかなか切れずについ力を入れすぎて手振れになってしまう。構え方かな……と思いつつ、もう少し、色々と考えてみることにしよう。
 
 2005年1月1日(土)  新年あけましておめでとうございます
 新年あけましておめでとうございます
 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 特許・商標等の知的財産に関する色々な話題が新聞等に取り上げられ、『発光ダイオード発明』が、その報酬として200億円を認められたことも大きな話題となりました。技術・生活等の発展に寄与する有用な発明が大きく評価されることは好ましいことです。
 本年4月からの実用新案登録出願は、その登録後でも、ある一定条件の下で特許出願に変更できるようになります。取りあえずは費用が余り掛からない実用新案で登録を受け、その後の販売等で将来的な見込みがあれば、権利の保護として万全な特許にするという方法も選択肢の一つとなります。また、権利期間も長くなる等、ユーザーフレンドリーな新実用新案制度となりますから、これのご利用もご検討下さい。
 
 2004年12月16日(木)  特許事務所の毎週・火曜日の仕事
 毎週、火曜日・金曜日は、特許庁が審査・審判その他に関する各種の特許書類を出願人に発送する日である。電子出願制度が発足する以前は、火曜日には特許・実用新案の、金曜日には意匠・商標・審判の夫々の関係する書類が書留郵便で発送され、例えば東京であればその翌日の水曜日、土曜日等に受領していた。これらの書類の受領には、依頼人更には代理人にとって待ちに待った特許・登録査定通知であったり、特許等が認められない拒絶理由通知書等であったりし、一喜一憂するものだ。
 電子出願制度となってからは、オンライン機器(パソコン)を使用して出願人側から要求して受領するようになり、発送日自体は変更がないために、発送を要求するこの火曜日、金曜日は特許事務所にとっては期待もし、また、その発送書類処理の仕事の日ともなる。また、これらの発送書類に対する応答書類の提出期限日が発送日から起算される関係上、火曜日・金曜日のいずれで受領するかで期限の利益(?)が異なってくる。発送日が火曜日であると、その期限日は土曜日となって実質的には月曜日まで延長され、特に意見書等を作成することを考えると、間に挟まる日曜日にも検討できる余裕日として使用できるので非常に貴重な一日となるからだ。これを考えるので、火曜日に発送書類を受け取るように、各事務所から特許庁にアクセスが集中し、火曜日の午前9時からしばらくは特許庁との通信が困難となる。どこの事務所でも考えることは同じだなと、変なところで感心する。
 発送書類があると、それを整理し、処理する仕事もでき、また、依頼人によい結果を知らせるものであれば、尚更のこと事務所としても嬉しくなり、それを思うと、火曜日のアクセスには一段と熱を帯びるようになる。良い知らせであることを祈りつつ、毎週・火曜日の朝は発送書類を受け取るためにパソコンを操作することになる。
 
 2004年10月13日(水)  30数年前を思い出して
 この日記を始めたのが、10月4日だったことで34年前のことを思い出しました。
 34年前の1970年10月4日は、まさに私がこの仕事を始めた日であり、その年の弁理士試験の受験が終わり、大阪で開催された万博見学から帰京し、中村国際特許商標事務所に勤め始めた第1日目でした。勤め始めた10月末に論文試験の発表で合格がわかり、その後の口述試験を経て12月17日に弁理士として登録しました。
 それ以来、この仕事一筋でやってきました。当初は紙、鉛筆、消しゴムの職人(?)の世界でしたが、やがてワープロとなり、そのワープロがパソコンに変わりました。また紙書類で出願していたのがオンライン出願となり、この間の技術の進歩には目を見張るものがあります。
 技術の進歩で機械的には便利になっても、この特許の世界にかかわることになったときの当初の気持ち、すなわち依頼人の権利・利益を守り、依頼人に満足して頂けるように取り組みたい、とのスタンスは変えないでこれからも進めていきたいと思います。
 
 2004年10月4日(月)  日記はじめました
 日記始めました。
 三日坊主にならないようにしなくては…